曖昧さや未来への不確実性に耐えられない患者さん

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曖昧さや不確実性が苦手な患者さん

細々ながら、医師として診療をしていると、時々、「曖昧さや未来への不確実性に耐えられない患者さん」っています。

先日、外来に40代男性のある患者さんが来られました。

ちなみに、この方は予約日時を複数回間違えたことのある方で、思い込み傾向の強い方なんだろう、ということで多少警戒はしていました。

その日、この患者さんに対して、これまでと違う薬で治療をしていくことも視野に入る状況になり、その治療薬についての説明をしていた時のことです。

その治療薬に変えることでどういう効果が期待されるのか、起こり得る副作用について、かなり噛み砕いて説明をしたのですが、なかなか理解が追いついていないようでした。

説明している内容が理解できない、というよりも、内容自体は理解はできるが、

「もっとはっきり断言してくれないか」

という感じでした。

治療効果については、「この治療薬を使えば必ずこうなる」ということは言えないので、

「〜という効果を期待して、この治療薬にした方が良い状況ですが、宜しいでしょうか。治療がうまくいっているかは、こういう部分に着目しながら、経過を見ていきます。その経過に応じて用量調整などもしていきます」というような言い方をしました。

すると、表情や言葉の端々から「絶対効くと言ってくれよ」と思っていそうであることが窺われました。

また、起こり得る副作用について説明した時も、

「○○ということは絶対起こらないんですか?大丈夫なんですか?どうなんですか?」

と軽くパニック状態です。

可能性が決して高いわけではないが、起こり得るものについては、一応事前にご説明している旨を伝えても、完全に納得されている感じではありません。

100%の安全・安心を求めているようでした。

かといって、「100%の安心なんてないんだ」と突き放すようなことを言ってしまうと、「こいつは冷たい奴だ」と思われかねません。

表現に工夫しながら、何とか説明を重ねていった結果、最終的には理解が得られ、治療薬を変更することになりました。

0と1の間にある物事を受容することが難しい人

この患者さんに限らず、同様に「絶対に良くなる」とか、「100%大丈夫」とかって言ってほしそうな人はたまにいます。

物事そんな白黒はっきりつけられるわけじゃないのに、とは思いますが、そんな時は粘り強く言葉を重ねていくしかありません。

コンピューターが発達したこのご時世だからなのかは知りませんが、「0か1か」という二進法的な思考様式の方っています。

シンプルに「これは必ず効きます」とか「絶対大丈夫」って言った方が、プラセボ的な点でも、そういった患者にとっては良いのかもしれませんが、そうならなかった場合のことを考えると、軽はずみに「絶対に」という言葉は使えません。

そういった曖昧さに耐えるのが苦手な方ほど、思い込みの強い傾向にあるように思いますし、もし何かあった時には、

「あの時大丈夫って言ったから言う通りにしたんだぞ!どうしてくれるんだ!」

となる懸念もありますし。

自分に都合の良い情報だけ取り入れて、その他は取り入れない、という感じです。

ちゃんと説明しても、「そんなの聞いてない」となるリスクも高いです。

もちろん、人間は大なり小なり自分に都合の良い情報だけを取り入れる生き物だとは思うのですが、その程度が激しいのも考えものです)

説明の際には、どうしても「〜な可能性もあるが、そうならないこともある。その場合は〜」という説明にならざるを得ません。

「0か1か的な思考様式の方は、きっと普段からそうなんだろうなあ」と診察後に思いを馳せていたのですが、こういった思考様式だと、色んな物事に寛容でいることは難しいだろうなあ、とも思います。

ネットニュースなどに対するコメントも、不寛容で攻撃的な意見で溢れているので、私はもうコメントは非表示にしてしまっているのですが、こういった不寛容さの一端に、曖昧さを嫌う思考様式が関係しているのかもしれません。

「わからないものは排除してしまえ」

そんな感じでしょうか。

わからないものって恐怖ですからね。

この文脈でふと思い出しましたが、Mr. Childrenの曲の歌詞に

白と黒のその間に無限の色が広がってる

Mr.Children/GIFT

というのがありましたが、素敵な歌詞です。

多様性に対する理解が深いからこそ、他社にも寛容で、あれだけ優しい曲を作れるのかな、なんて思ったりもします。

一方で、医療者は曖昧さに強い気がする

医師や看護師など、曖昧だったり不確実であることが日常的なため、曖昧さや不確実性に対して、寛容な傾向にあると思います。

周りの医師や看護師を見ていてもそう思います。

自分でも、経験を重ねるにつれて、「こういう場合はだいたいこうなるかな」という予想の精度は徐々に上がってきているように思いますが、時々予想の斜め上をいくこともあり、リアルワールドにおける臨床の奥深さを実感します。

そして、思い込みが激しいと、この仕事はうまくいきづらいように感じます。

だから何だ、ということが言いたいわけではありませんが、未来において確実なものなどないと思います。

唯一確実なのは、人はいずれ死ぬ、ということぐらいでしょう。

ですので、何かをする際に、どこまで頑張ってもリスクをゼロにはできないものの、自分の行動によりリスクを低減できる部分については最大限尽力する、というスタンスでいようかと個人的には思っています。

最後に

今回は、曖昧さを受容することが苦手な患者さんについて書いてきました。

図らずも、本エッセイも何が伝えたいのか曖昧な感じになってしまいましたが、ある意味で主題に沿っている、ということにしまして、この辺で終わりにしたいと思います。

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