医局や今の職場を辞められない医師の心理を行動経済学の観点で考察してみる

医局を辞めたくても辞められない医師
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「医局(や今の職場)を辞めたいけどなかなか辞められない」

という方は多いと思います。

本記事では、

医局や今の職場を辞めたいけど辞められない医師の心理について、行動経済学的な観点から考察してみたいと思います。

人間には思考の”クセ”があり、バイアスから完全に逃れることは至難の業です。

陥りがちなバイアスを知ることで、より合理的で、より良い未来を切り開く選択の一助となれば幸いです。

目次

そもそも、行動経済学とは?

医局や病院を辞めたくても辞められない医師の心理について考察していく前に、

「そもそも行動経済学とは何か?」という点について簡単に言及しておきたいと思います。

詳細は成書に譲りますが、行動経済学においては、

「人間は常に合理的な行動を取れるわけではなくて、感情だったりバイアスに大きく左右されて、時に非合理的な行動を取るよね」

という考え方がベースとなっています。

例えば、

「買った株の株価が下がって、既に大損しているのに、売ると損失が確定してしまうから売れずに塩漬けにしてしまう」

なんかはあるあるですよね。合理的に考えたら、さっさと売るべき状況なのにもかかわらず、です。

これは、損失回避現状維持バイアスとして説明可能です。

これは、古典的な経済学が「情報を与えられさえすれば、合理的な思考のもとに合理的な判断ができる人」(ホモ・エコノミクス)の存在を前提としていたのと対照的です。

というより、「人間は合理的な思考・行動を取るもの」という前提で話を進めていくと、うまく説明できないケースがあるため(むしろその方が多い)、

上記のような「非合理的な判断をする人」を前提にしていった方がいいんじゃないか、という大きな潮流の中で生まれてきた考え方が行動経済学だ、と言えそうです。

医局や今の職場を辞めたくても辞められない医師の心理について行動経済学の観点から考察する

医局や今の職場を辞めたくても辞められない医師の心理については、種々の要因が絡み合っていると考えられますが、一つずつ見ていきたいと思います。

サンクコストバイアス(埋没費用)

サンクコストバイアスとは

サンクコストは”sunk cost”で、「埋没費用」とも訳されます。

sunkはsink”沈む”の過去分詞系ですね。

つまり、もう取り返せない費用(金銭的費用に限らない)のことです。

そして、サンクコストバイアスは、ざっくり言うと、「もう取り返せない、これまでに投じた費用に囚われてしまう」というバイアスになります。

「せっかくここまでやったんだから今さら引き返せない」

という、アレです。

誰しも一度はこのように思ったことはあるのではないでしょうか。

サンクコストバイアスに囚われる医師の心理

これを医局を辞めたくても辞められない医師の心理に当てはめて考えてみると、

「せっかくここまで頑張ってきたんだから、ここで辞めるのはもったいない」

ということになるでしょう。

そして、医局や病院など、続けるのが大変で、これまでにしんどい思いをしていればいるほど、そのサンクコスト(埋没費用)は大きくなり、

その分辞めづらい、ということになり得ます。

「せっかく専門医のために頑張ってきたのに」

「せっかくここまで大学病院の安月給でろくに休みもなく働いてきたのに」

「せっかく医学博士、学位を取るまで頑張ってきたのに」

「せっかく助教になったのに」

「せっかく何年もこの研究をしてきたのに」

などなど。

挙げればキリがありません。

心当たりのある方もおられると思います。

サンクコストバイアスへの対処法は?

このサンクコストバイアス、なかなか厄介だとは思います。

対処法があるとすれば、

「割り切ってしまうこと」かなと思います。

「それができれば苦労しないよ」と言われてしまいそうですが。

もうこれまで投じた費用(金銭面だけでなく、時間的費用や労力といったものも含む)は、どっちにしろ取り戻すことはできないのですから、本来は未来に関わる選択には影響を及ぼしません。

「未来のために、どうしたら良いか」というただ一点を論点として、意思決定をしていくべきです。

サンクコストに囚われるあまり、次々と訪れる「今」、そして「未来」を無駄にしてしまうのは、もったいない限りです。

損失を回避したいがあまりに、新たな損失を生み出し続けている、という点で、本末転倒とも言えます。

損切りは早ければ早い方がいいです。

出血は最小限にすべきです。

手術で例えたら、「ちょっと血管傷つけちゃって出血したけど、せっかくここまできたんだから止血処置はせずに、輸血をガンガンしつつ、ここの剥離や切開を続けよう」

なんて考え方がおかしいことは明らかですよね。

でもそんな当たり前の判断が、自分のこととなるとできなくなってしまうのが、人間の思考の特性なんでしょう。バイアスとは、恐ろしいものです。

現状維持バイアス、不作為バイアス

現状維持バイアス、不作為バイアスとは

まず、「現状維持バイアス」については、読んで字の如く、「現状を維持したいと思いやすい」というバイアスです。

そして、「不作為バイアス」は、「何かをして失敗するくらいなら、何もしない方がまし」という考え方を持ってしまうことです。

現状維持バイアス、不作為バイアスに囚われる医師の心理

これらのバイアスを医局や今の職場を辞めたくても辞められない医師の心理に当てはめて考えてみると、

辞めるのも次の職場探したり、教授(や部長)に辞めるって言わないといけないし、引っ越したり、色々と大変そうだからとりあえず来年も続けるか…

(=現状維持バイアス)

辞めて次の職場に行っても、次の病院が微妙だったらどうしよう。給料が下がったり、もっと忙しくなったり、今よりもっとストレスがある職場に行くことになるかもしれない。

医局(や今の職場)に満足しているわけではないけど、まあ悪くもないし、とりあえず続けるか

(=不作為バイアス&現状維持バイアス)

こんな感じでしょうか。

現状維持バイアス、不作為バイアスへの対処法は?

まず、現状維持バイアスについては、

「すぐには決められないから、とりあえず続ける」という行為は、「何もしていない」わけではなく、

「今は何もしないという決断をした」ということに他なりません。

「判断を先送りにする、という決断をした」ということです。

そうしている間にも状況は刻一刻と悪化していく可能性があります。

良い判断は、早ければ早いに越したことはありません。

また、不作為バイアスについてですが、当たり前ですが、何もしないと何も変わりません。

決して満足していない現状に対して何のアクションも起こさないで良いでしょうか。

バットは振らなければボールに当たることはないのと一緒です。

それに、何か積極的に動いた結果失敗してとしても、「そのやり方でやったらうまくいかないということがわかった」という部分で、前進です。

有名な話ですが、死期の近い方に「人生で後悔していることは何ですか?」と聞くと、ほとんどの方が「やらなかったことに対する後悔」を挙げるそうです。

であれば、やらなかった後悔よりもやった後悔の方がいいですよね。

そして、行動して、仮に良い結果が伴わなかったとしても、後悔する必要はありません。

七転び八起き、また次のアクションを取ればいいだけです。

万が一イマイチな職場に移ってしまったとしても、また次の職場を探すなりすればいいだけの話です。命まで取られるわけではありません。

明石家さんまさんの言葉に「生きてるだけで丸儲け」という言葉もありますし、ちょっと前に「死ぬこと以外かすり傷」というタイトルの本もありましたよね。

保有効果

保有効果とは

保有効果とは、「人は自分が既に持っているものの価値を、(持っていないものと比べて)高く見積もる傾向にある」というバイアスのことです。

「(持っていない状態で)お金を出して買うか?」と訊かれれば「いらない」ものでも、「(それが既に持っているものの場合は)手放したくない」という心理です。

保有効果を医局や職場を辞められない医師の心理に当てはめてみると

保有効果を、医局や今の職場を辞めたくてもなかなか辞められない医師の心理に当てはめて考えてみると、

辞められない医師は、「医局や今の職場に所属している」という自分の価値を、実際よりも高く見積もってしまっている状態であろうと考えられます。

一度手にしてしまった肩書きやポジション、待遇などを手放すのは惜しい、と考えてしまうのです。

哀しいかな、それが傍から見れば大した価値を持たないものであっても、です。

保有効果への対処法は?

保有効果への対処法としては、難しいですが、一度フラットに、客観的に状況を評価してみるといいかもしれません。

人は、他人のことだと冷静に判断できても、自分のこととなると、非合理的な判断をしてしまいがちです。

そこで、例えば、「自分と全く同じ悩みを抱える人から、自分に相談されたら何と返答するか?」を考えてみるのは良い方法のように思います。

もしもその答えが、「そんなのさっさと辞めなよ」である場合、その言葉、そっくりそのまま自分に向けて言ってあげてみてください。それが合理的な判断の結果です。

すぐに辞めることができなかったとしても、少なくとも、「自分が合理的な判断をできていない」ということを認識することはできるはずです。

利用可能性ヒューリスティックス

利用可能性ヒューリスティックとは

まず、ヒューリスティックとは、聞き慣れない単語ですが、「正しい方法ではないかもしれないが、『近道』」のような概念だと思ってもらえれば良いかと思います。

一言で言うと、意思決定の過程における、「思考の近道」です。

そして、利用可能性ヒューリスティックとは、何か判断をする際に、

必要な全ての情報を網羅的に収集し、分析し、合理的に判断するのではなく、

身近にあるものや知っているものを基準にして、判断してしまいやすい、

というバイアスになります。

例えば、ある問題を解決するのに、Aという選択肢と、Bという選択肢がある場合、(仮にBの選択肢の方がコストも低く、合理的なものであったとしても)

そういえば友達がAという選択肢の話をしていたな。自分もそうしよう

というように、Aの選択肢を取ってしまいやすい、というバイアスです。

よく調べたり、考えることをせずに、知っている、利用可能な選択肢から選ぶ、という近道を取るような思考様式です。

利用可能性ヒューリスティックを医局や今の職場を辞められない医師の心理に当てはめてみると

利用可能性ヒューリスティックに囚われる医師の心理としては、

例えば、

(医局や今の職場を)辞めたいけど、周りに辞めた人もいないしなあ。同期も辞めそうにないし。●●先輩は、『ここに残って続けてたらいいことあるぞ』って言ってたしなあ。辞めた後の不安もあるし、とりあえず続けるか・・・

こんな感じでしょうか。

※この場合、「同調効果」(皆と同じ行動を取りたがる)も働いていると思います。

利用可能性ヒューリスティックへの対処法は?

これは、単純に、自分にとって利用可能な選択肢の幅を広げる努力をするといいと思います。

知らないことを選択することはできませんが、知っていることであれば、現実的な選択肢となります。

一つ注意なのが、医局(や今の職場の)人に相談したって、「医局(や今の職場)に残ることを選んだ人」の意見しか聞くことができません。

そして彼らは、自分を正当化するためにも、「医局(今の職場)に残るべきだ」とう意見であったり、残ることのメリットをプレゼンしてくる可能性が高いでしょう。中立的な立場の意見を聞くことはできません。

「僕はここに残るけど、君はここに居ない方がいい」と言ってくれるくらい周りが見えている人がいたら、それは幸せなことだと思います。稀有な存在でしょう。

幸い、今はネットやSNSが発達していますから、医局を辞めた人や、転職した人の情報を容易に取得することができます。もし周りに辞めた人などがいれば、話を聞いてみるのもアリです。

そういった意見も参考にしつつ、自分の思考を進めてみるといいと思います。

現在バイアス

現在バイアスとは

現在バイアスとは、現在の価値を、未来よりも高く見積もってしまう傾向にあるというバイアスです。

「ダイエットしよう!」と思っても、「やっぱりダイエットは明日から」と言ってついつい甘いものなどを食べてしまうことはありますよね。

あれも、「痩せた未来」よりも「今食べることの幸せ」が上回ると判断してしまいがちなことからくる、一種の現在バイアスと言えるでしょう。

※現在と未来の価値については、割引現在価値なども絡んできますが、ここでは割愛します。

現在バイアスを医局や今の職場を辞められない医師の心理に当てはめてみると

これは、「先のダイエットは明日から」と同じ話で、辞めたらきっとより良い未来が来ることは想像できるんだけれども、いざ決断の時がきたら今の環境に価値を感じて、継続してしまう、といったところでしょう。

現在バイアスへの対処法は?

これは言うは易し、行うは難しかもしれませんが、先を見据えて、覚悟を決めて行動するしかないように思います。

今が良くても、結局は将来のためにならないのであれば、多少の痛みを伴ってでも、環境を変えるべきです。

しかし、これは、2型糖尿病で治療中なのについつい食べすぎちゃう人に行動変容を起こさせるくらい難しいことだとは思います。

損失回避

損失回避とは

損失回避は、文字通り、人は損失を極端に嫌う傾向にある、というバイアスです。

1万円もらう嬉しさよりも、1万円を失う辛さの方が大きい、という方は多いと思います。

損失回避を医局や今の職場を辞められない医師の心理に当てはめてみると

これは、上述の保有効果とも絡んできますが、辞めることでそれまで培ってきたもの(やポジション、待遇)を失うという、損失を確定させたくないという心理が働くものと思われれます。

損失回避への対処法は?

しかし、医師として他の場所でも通用するスキルや思考力は辞めても消えません。

また、肩書きや待遇など、今いる医局(や職場)でしか価値を持たないものは、今の医局や職場を辞めれば残りませんが、そもそも持っていてもしょうがないものですから、それに固執するあまり合理的な選択ができないのはもったいない限りです。

それに、以前の職場でそのポジションを務めることができる人間だった、という評価はしてもらえるでしょうし。

まあ、もっと言うと、他人からの評価よりも、自分がどうしたいのか、を優先すべきだと思いますが。

損切りは痛みを伴いますが、「現状に満足していない状態=含み損を抱えている状態」なのですから、どうせいつか損切りをするのであれば、それは早ければ早い方が良いのではないでしょうか。

今の職場が嫌でそれを認めて辞める、ということは、今の職場を選んだという選択が失敗だった、とこれまでを自分を否定することにつながるため、耐えがたい痛みを感じる人もいるかもしれませんが、少し痛みを伴うだけで、それは決して失敗ではありません。前進です。

確実性効果

確実性効果とは

確実性効果とは、文字通り、(利得の取得局面において)人は不確実なものよりも確実なものを好む、という心理学的な特性のことです。

「確実に1万円もらえる」のと「50%の確率で2万円もらえるが、50%の確率で1円ももらえない(0円もらえる)」という2つの選択肢があった場合、多くの人は「確実に1万円もらう」方を選ぶことが知られています。数学的な期待値はどちらも同じなのですが。

確実性効果を医局や今の職場を辞められない医師の心理に当てはめてみると

これは、

今の職場を辞めて新たなところにいけばどうなるか不透明な部分がある。すごくいいところに行ける可能性もあるが、今より悪い環境になってしまう可能性がある。

一方、今の職場は、完全に満足しているわけではないが、ある程度こんなものだ、というのがわかっている。

といった感じでしょうか。

これに現状維持バイアスなどが相まって、今いる医局や職場を辞めることを困難にしているのでしょう。

確実性効果への対処法は?

確かに、今いる医局や職場に残った場合、ある程度残ることで享受できるメリットは計算できるでしょう。

しかし、現在居る医局や職場を辞めたいと思うくらい満足度が低いのでしたら、他の職場に行ったときに、上に振れる確率の方が高いでしょう。

リスクを背負って行動しないと、果実は得られません。また、辞めたいような職場から得られるような果実なんて、すでに腐敗が進んでいるのではないでしょうか。

すでに期待値のかなり低い選択肢に、あなたの人生をベットしつづけるのはいかがなものでしょう。

最後に: 医局や今の職場を辞めたいなら、バイアスの存在を知って、適切に対処を

本記事では、医局や今の病院を辞めたいとは思いながらも、辞められない医師の心理について、行動経済学の観点から考察をしてきました。

実際には、種々のバイアスが絡み合って、「辞められない医局(や今の職場)の沼」に足を取られてしまっている方も多いと思います。

人間、知らないものに適切に対処することは極めて困難ですが、ひとたび知ってしまえば、適切に対処できる可能性が出てきます。

職場についての選択は、人生の選択の中でも、非常に重要度の高いものであることは言うまでもありません。

行動経済学の知見も生かしつつ、種々のバイアスに打ち勝ち、合理的で納得のいく選択をしてほしいと思います。

本記事が、「辞めたいけどなかなか一歩が踏み出せない」方のお役に立ちましたら嬉しく思います。

また、今回ご紹介したような行動経済学の知見は、臨床現場や日常生活にも応用可能です。

興味のある方は、勉強されてみると世界の見え方が変わるかもしれません。

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